岩波講座日本歴史20(第2次)近代7

1976年7月

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日 本 フ ァ シ ズ ム 論


 

古屋 哲夫


はじめに
1 ファシズム把握の歴史的枠組み
2 日本ファシズムの胎動
3 日本ファシズムの形成過程
4 日本ファシズムの政治構造
注釈



はじめに


 ファシズムとは、言うまでもなく、第二次世界大戦において一方の陣営を形成したドイツ・イタリア・日本などの独裁的支配体制と、そうした支配体制を築きあげた思想や運動を総括するものとして一般的に通用している用語である。そして戦後にはさらに広く、これらの大戦期の独裁と共通性を有すると考えられるような、ある種の独裁的傾向を指す言葉としても用いられるようになった。しかしこうしたこの言葉の広汎な流通は、その意味内容についての広汎な合意が確立していることを意味してはいない。むしろ逆に、流通範囲の拡大と第二次大戦期に関する研究の進展とは、ファシズムの内容や性格についての理解を多様化させ、拡散させる結果をもたらしてきた。そしてこうした複雑に錯綜したファシズム論の現状のもとでは、日本ファシズムを論ずるにあたっても、ファシズム一般をどう捉えるのかを一応明らかにすることから始めなくてはならなくなる。

  しかしファシズム一般といっても、第二次大戦後の事態にまで適用することのできるファシズム論を提示することはここでの目的ではない。また研究の現状を整理し発展させるという観点から言っても、まず大戦期のファシズムについての理解を確立させ、次にそれが、大戦期という歴史的限定をこえてどの程度まで有効に使用できる概念かを検討する、という順序をふむことが必要だと考えられるのである。したがって本稿では、第二次大戦期のファシズムの歴史的性格と、そのなかでの日本ファシズムの特殊性について、若干の検討を加えることから始めることにしたい。